■森では食べていけない
「お金がなければ1日だって暮らせない現代。森に関わっていたら、毎日の食費にすら困ってしまう」。苦渋に満ちた表情で語るのは、自身も杉、ヒノキ林を伊豆市内に所有する田方森林組合の菊地智春組合長。
中伊豆、修善寺、天城湯ケ島、土肥の4町合併で2258人の森林所有者が加入するも、天城の森に入って林業を営む正組合員は皆無だという。「植樹した森の
手入れをしながら畑などを耕し、自給自足的な生活でも食べられた時代とは、様変わりしてしまった」と菊地さん。「森林を残されても、子も孫も喜ばない」と
悲しげだ。「孫の代になって換金できればと、皆せっせと枝切りしたのも昔の話」と懐かしむ。結果、山林に入って、枝切りや間伐などの手入れをする所有者
は、姿を消してしまった。 16年前に発足したNPO法人・狩野川クラブ(会員105人)は、同川の水源を守るために、天城の源流に入って間伐、
植樹、雑草刈りなどに汗を流している。高橋満春代表理事は「間伐をやっていないため、日陰で下草が生えず、土が死んでしまっている。ワサビ生産者は、昔と
比べ水量が減ったと言っていた。保水力が減退しているのは間違いない」と報告する。
■天城とは
「天城」といっても、明確な区割りがあるわけではない。全体像をつかんでいる機関はない。あえて線引きすれば、天城に隣接して最大の森林面積を占める伊豆市を中心に河津、東伊豆、下田、松崎、西伊豆、伊東の7市町と沼津市戸田が一部、接する山林部分である。
各市町で天城の森が占める割合も10?80%前後とまちまち。伊豆7市町(戸田除く)の森林面積は約7万5660ヘクタール(2010年度県森林・林業統
計)で、全域面積の78%が山林である。ただし、これも西伊豆町の89%から、伊東市の55%まで地域によって山林が占める割合に開きがある。従って、天
城の全体面積を弾き出すのは難しい。 標高1405メートルの万三郎を頂点に、山頂部分の多くは国有林。ブナなど天然林で占められ、シカの食害などによる惨状は、前回特集「異変」で紹介した。中腹から山里にかけて広がるのが杉、ヒノキの「人工林」だ。 伊豆市によると、同市の人工林は標高約700メートルを最高点に、ふもとの集落に向けて広がっている。高い地点ほど国・県・自治体の所有林が多く、低地ほど民有林の割合が増えるという。
■小規模民地の集約化を
天城の再生は、集落に接する「人工林」の整備なくして実現しない。細い木は台風が来ると折れたり、倒れたり。土に保水力がないため、土石流や土砂災害の原因にもなっている。天城を歩くと根から倒れたヒノキや、がけ崩れ跡が目につく。
天城の国有林を管轄する伊豆森林管理署によれば、今でも杉、ヒノキの植樹をしているという。悩みはシカの食害。がけ崩れなどの跡地斜面にシカよけの網を
張ってから、苗木を植える。敵はシカばかりでない。放置しておくと、周囲の草が苗木に覆いかぶさる。5年間は真夏の最も暑い時期に、汗だくで下刈りをする
という。 わが国林業衰退の一因とされてきた"安い外材"は今、大きな転換点に立っている。大量に入っていた東南アジア産の木材は、原産国の森林
が荒れ、国を挙げて抑制策に乗り出した。経済発展の中国などの高い需要もあって国産材と比べ、安くはないという。代わって米国、欧州産の松が入ってきた。 県賀茂農林事務所によれば、国産杉で1立方メートル当たり10万円、米国・欧州産が同11万円。国産のヒノキが同12?13万円でわずかに高いが、勝負できない値段ではない。 民有林再生へ模索始まる
競争力を高めるために打ち出したのが、「低コスト林業」である。民有林再生に向け、天城でも模索が始まっている。ネックとなるのが、多くの所有者が入り組
んでいること。伐採・搬出の目的林へ向かうには、手前にある所有者の許可を取り、さらに直線的な作業道が造れないなど、困難を伴う。「30ヘクタールあれ
ば、所有者は30人近くになる」と田方森林組合。 目指すべきは集約化。植林をした時代から50年、60年が経過し、隣地との境界すらあいまいになっている。小規模所有者たちの理解を得て、広域林業ができるか?に"天城の未来"が掛かっている。
■課題は効率と安定収入
民有林の集約化に続く課題は、作業の効率化と安定収入である。
田方森林組合には現在、60歳前後を中心に20人の専従作業員がいる。主に県・市有林の間伐を請け負う。民有林の仕事は全体の1割ほど。家や道路への倒木
を伐採する作業などが多い。全体の昨年実績は50件で、1人当たりの日当が1万5000円。20日間働いて30万円の月収だ。ただし、公共の仕事は年度初
めの4?6月が薄いという。 公共事業は一般業者との競争入札。不況を反映して大型機械を持つ建設業からの参入もあるという。林業で生活するには、年間を通して仕事があることが重要。 低コスト林業の担い手として今、多機能の最新鋭機械が期待を集める。伐採から玉切り、枝打ち、搬送まですべて1台でこなすスーパー機械だ。価格はおよそ2000万円。国・県から補助を受ければ、森林組合などが購入することも夢ではない。
天城の人工林は急勾配であることや、作業道が狭いなどが難点。「切り出した木材を10トン車に積めるか、2トン車しか入らないかでは作業効率が5倍変わ
る。税金の無駄遣いだと批判された広いスーパー林道は、低コスト林業に必要」と訴えるのは森林管理署の担当官。「天城からだと富士市や岡部町の市場まで遠
いなど、不利な面もある」と言う。 県の集中的間伐残り5年に期待 天城の人工材を使って木造家屋を手掛ける天城カントリー工房(河津町)
の土屋雅史専務は「直径30センチ以上の太い木材を使っている。5年前までは地元所有者と契約して直接、購入していたが、安定的に仕入れるには市場頼みに
なる」と語る。間引きによって搬出された木材は30センチ未満。それでも一般家屋の柱や屋根、壁などの下地合板としての利用価値はあるという。
個人では手がつけられない民有林を守り、育てるには、県が2006年度から始めた森林(もり)づくり県民税(子どもから大人まで1人400円徴収)を使っ
た集中的な間伐が頼り。10年度まで5年間の実績で175件、約900ヘクタール(伊豆全域)を整備した。すべてが天城に使われたわけではないため、面的
な広がりには至っていないのが実情だ。 この県民税、10年間の期限付き税収である。個人所有者に間伐などをする力がない中、残り5年間でどれくらい広げられるか?。今後の整備に期待がかかる。
(2011年11月13日 伊豆新聞掲載)
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